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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(行ツ)149号 判決 1988年3月10日

上告人

佐野章二

上告人

佃十純

上告人

松田丑太郎

上告人

安堂和夫

右四名訴訟代理人弁護士

水野武夫

平松耕吉

金子武嗣

池田啓倫

北山陽一

被上告人

山本英行

右訴訟代理人弁護士

村田哲夫

被上告人

我堂武夫

被上告人

辻哲郎

右両名訴訟代理人弁護士

河上泰廣

御厩高志

三好邦幸

主文

原判決中被上告人山本英行、同辻哲朗に関する部分を破棄し、右部分に関する第一審判決を取り消す。

上告人佐野章二の被上告人山本英行に対する訴え及び上告人佃十純、同松田丑太郎、同安堂和夫の被上告人辻哲朗に対する訴えを却下する。

上告人佃十純、同松田丑太郎、同安堂和夫の被上告人我堂武夫に対する上告を棄却する。

第一、二項に関する訴訟の総費用のうち、上告人佐野章二と被上告人山本英行との間に生じたものは同上告人の、上告人佃十純、同松田丑太郎、同安堂和夫と被上告人辻哲朗との間に生じたものは同上告人らの各負担とし、前項に関する上告の費用は上告人佃十純、同松田丑太郎、同安堂和夫の負担とする。

理由

一原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

(一)  被上告人山本英行(以下「被上告人山本」という。)は昭和五四年五月一九日から昭和五六年五月一五日まで、被上告人辻哲朗(以下「被上告人辻」という。)は同年同月一六日からそれぞれ堺市議会の議長であり、被上告人我堂武夫(以下「被上告人我堂」という。)は昭和四七年一一月二六日から堺市の市長である。

(二)  (1) 堺市の議会運営委員会(堺市議会の各会派ごとに選出された委員で構成される委員会)は、全国市議会議長会議主催の昭和五五年度「東南アジア行政視察」(東京、成田における打合せ会を含む。以下「本件(一)の旅行」という。)に堺市議会の議員を参加させるかどうかを正副議長に委ねることとしたので、被上告人山本は、副議長と相談のうえ、議員六名を参加させることとした。そして、その具体的な参加議員については、各会派で調整して決定した。(2) 本件(一)の旅行に要する旅費等の予算は同年度の一般会計補正予算に計上され、右補正予算は昭和五五年九月二九日の本会議で可決された。そして、被上告人我堂は、右旅費等を議会の議員が職務を行うために要する費用の弁償として支出することとしたが、(ア) 本件(一)の旅行のうち国内旅行の分については、「経費支出原議書類」を作成しなかつた。なお、被上告人山本は、被上告人我堂の後記支出命令に先立ち、右の旅行の「出張命令書」に押印した。(イ) 本件(一)の旅行のうち海外旅行の分については、被上告人我堂(ただし、堺市事務決裁規則二条(2)、五条による代決。)が、同年一〇月九日、出張者、出張先、期間のほか、報酬条例五条一項、九条、職員給与条例三六条六項によつて算出された旅費等を記載した「経費支出原議書類」について決裁をした。なお、被上告人山本は、同年同月一四日、右の旅行の「出張命令書」に押印した。(3) その後、被上告人我堂は、本件(一)の旅行の旅費等につき、支出命令を発した。(4) 堺市の収入役は、右の支出命令を受けて、旅費等を支出した。(5) そして、堺市議会の議員六名は、同年同月七、八日及び二九、三〇日打合せのため国内旅行をしたうえ、同年同月三〇日から同年一一月一〇日まで東南アジアに旅行した(ただし、同年一〇月七、八日国内旅行をしたのは堺市議会の議員一名のみである。)が、本件(一)の旅行の旅費等として堺市の公金三七八万五〇〇〇円が支出された。

(三)  (1) 昭和五六年度「堺市議会米国行政視察」(以下「本件(二)の旅行」という。)は、昭和五六年七月二〇日開催された議員総会においてこれを実施する旨及びその目的地、期間、人数(一二名)を決定した。しかし、その人選は正副議長に一任されたので、被上告人辻は、副議長と相談のうえ、参加議員一二名を決定した。(2) 本件(二)の旅行に要する旅費等の予算はすでに同年度の一般会計当初予算に計上され、右当初予算は同年三月三〇日の本会議で可決された。そして、被上告人我堂(ただし、前記(二)、(2)、(イ)と同じ代決。)は、右旅費等も議会の議員が職務を行うために要する費用の弁償として支出することとし、同年一〇月一九日、前記(二)、(2)、(イ)と同様の「経費支出原議書類」について決裁をした。なお、被上告人辻は、同日、本件(二)の旅行の「出張確認書」に押印した。(3) その後、被上告人我堂は、本件(二)の旅行の旅費等につき、支出命令を発した。(4) 堺市の収入役は、右の支出命令を受けて旅費等を支出した。(5) そして、堺市議会の議員一二名は、同年同月二二日から同年一一月二日まで米国に旅行したが、本件(二)の旅行の旅費等として堺市の公金八〇〇万四〇〇〇円が支出された。

二そこで、まず、職権をもつて、被上告人山本、同辻に対する訴えが適法であるかどうかについて判断する。

地方自治法(以下「法」という。)の規定によると、普通地方公共団体の議会の議長は、予算の執行に関する事務及び現金の出納保管等の会計事務を行う権限を有しないし、普通地方公共団体の長が支出負担行為等予算執行に関する事務の権限を委任する相手方としても予定されていない。現に本件においても、堺市財務会計規則、堺市事務決裁規則等関係法令上堺市議会の議長に対し堺市長の有する予算執行に関する事務の権限が委任されていたと見るべき根拠は存しない。

そして、本件の旅費等の支出手続は、原審の確定した前記事実関係のとおりであるから、右事実関係のもとにおいては、堺市議会の議長が本件旅費等の支出に関し支出命令はもちろん支出負担行為等の財務会計上の行為を行う権限を有していたと解することはできないし、現実にそのような権限を行使したとみることもできない。けだし、本件(一)の旅行のうち海外旅行及び本件(二)の旅行の各支出負担行為は、前記「経費支出原議書類」の決裁(代決)によつてされたと解されるし、本件(一)の旅行のうち国内旅行の支出負担行為は、堺市財務会計規則四六条一項、四項の趣旨によれば、支出命令と同時にされたと解されるからである。原判決は、被上告人山本が本件(一)の旅行について「出張命令書」に、被上告人辻が本件(二)の旅行について「支出確認書」にそれぞれ押印したことをもつて支出負担行為をしたと解しているが、右はいずれも堺市議会の議長の事務の統理権(法一〇四条)に基づく行為であつて、財務会計上の行為に該当するということはできない。

しかして、法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」とは、当該訴訟において適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びその者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至つた者をいうところ(最高裁昭和五五年(行ツ)第一五七号同六二年四月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻三号二三九頁参照)、以上検討したところによれば、堺市議会の議長は、本訴において上告人らが違法と主張している公金の支出をする権限を全く有しないのであつて、結局、堺市議会の議長は、本件においては、法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当しないというべきであるから、前記各訴えは、法によつて特に提起することが認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして、不適法というほかない。そうすると、これと異なる見解に立つて、前記各訴えを適法とした原審及び第一審の判断は法令の解釈、適用を誤つたものであり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決を破棄して、第一審判決を取り消したうえ、前記各訴えを却下すべきである。

三次に、被上告人我堂に対する請求について検討する。

上告代理人水野武夫、同平松耕吉、同金子武嗣、同池田啓倫、同北山陽一の上告理由について

普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の議決機関として、その機能を適切に果たすために必要な限度で広範な権能を有し、合理的な必要性があるときはその裁量により議員を海外に派遣することもできるというべきところ、原審の確定した前記事実関係のもとにおいては、本件(一)の旅行について堺市議会の議会運営委員会(及び同市議会の正副議長)が、本件(二)の旅行について同市議会の議員総会がそれぞれした本件議員派遣決定に違法なところはないとして、上告人佃十純、同松田丑太郎、同安堂和夫の本訴請求を排斥した原審の判断は正当として是認するに足り、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

四よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官四ツ谷巖 裁判官角田禮次郎 裁判官髙島益郎 裁判官大内恒夫 裁判官佐藤哲郎)

上告代理人水野武夫、同平松耕吉、同金子武嗣、同池田啓倫、同北山陽一の上告理由

第一点 原判決は、地方議会が行政事情を視察する目的で議員を派遣することができる旨判示したが、これには理由不備ないし理由齟齬の違法があり、また、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令解釈の誤りがあるから、破棄されるべきである。

一 原判決の判示

原判決は、行政事情視察のため地方議会の議員派遣の可否について、

「国会議員の派遣については、国会法一〇三条、衆議院規則二五五条、参議院規則一八〇条によつて、各議院が、議院の議決によつて議案その他の審査若しくは国政に関する調査のために又は議院において必要と認めた場合に議員を派遣することができ、閉会中にあつては、議長が議員の派遣を決定することができる旨規定されている。

これに対して、自治法九六条は、地方議会の本会議において議決を要する事項を同条一項に列挙する事項及び特に条例に定める事項(同条二項)に限定しているところ議員の派遣は同条一項に列挙している事項には含まれていないことが明らかであるし、弁論の全趣旨によると、堺市の条例でもこれについて何らの定めもしていないことが認められる。」

としながら、

「地方議会は、議会活動の一環として、国内及び海外の行政事情を視察する目的で議員を派遣することができ(る)」とし、その理由として、次の点を挙げている(原判決五丁裏、第一審判決一七丁以下)。

① 「地方議会にも、議会の機能を適切に果たせるため、議会の自治・自律の権能が与えられているとみるのが至当である。

確かに、憲法、国会法等で認められた広範な議院自律権、特に、国会議員に対して与えられた特権をそのまま地方議会に当てはめることはできないが(最判昭和四二年五月二四日刑集二一巻四号五〇五頁参照)、国会の各議院に認められた自治・自律の権能は、自治法上地方議会にも同様に与えられているのである(自治法一二〇条、一二四条、一二七条、一三四条等参照)。したがつて、国会の各議院に認められた自治・自律の原則が、そのまま地方議会にも妥当する場合があるといわなければならない。」

② 「しかも、住民は、条例の制定・改廃の請求、議会の解散請求、議員や長の解職請求等の自治法に定められた直接請求の制度によつて、地方議会の議会活動や運営に対し、直接的にこれを監督し是正できる権限が与えられているのである(この点では、国会の各議院に対するのと大きくことなる)。」

そして、原判決は、

「このようにみてくると、地方議会は、住民の監視のもとに、その自治・自律権能に基づき議会運営ができるのであつて、法令に明文の規定がなければ如何なる事項も議会運営として行えないものではない。

そして、地方議会も、議案等の審議、審査若しくは団体の事務に関する調査(自治法一〇〇条参照)をする場合、この他地方議会が必要とする場合には、議会の自治、自律権能に基づき議員の派遣ができることは、国会の両議院の場合と実質的に異ならない。」

と判示しているのである。

要するに原判決は、第一は「地方議会の自治、自律の権能(自律権)」を、第二は「住民の直接監督権」を、一般的行政事情視察のための地方議会の議員派遣を適法とする理由としてあげたのである。

二 議員の一般的行政視察は議員の「職務」ではない。

(一) 自治法上の議員の「職務」に含まれない。

地方自治法第九六条一項は、議会は条例の制定、改廃その他、議会が議決しなければならない事項を一号から一六号に列挙すると共に、同条二項は、「前項で定めるものを除く他、条例で普通地方公共団体に関する事務につき議会の議決すべきものを定めることができる」としている。

更に、同法第一〇九条によれば、議会には常任委員会を設置し、議員はそれぞれ一箇の常任委員となるものとされ、常任委員会はその部門に属する当該普通地方公共団体の事務に関する調査を行ない、議案、陳情等を調査するものとされており、条例で特別委員会を設置することができる(同法第一一〇条)。また、議会は団体の事務に関する調査権を有するものとされている(同法一〇〇条)。

右の諸規定から明らかなように、議員は議会及び所属の委員会に出席し、議案の審査等にあたるのがその「職務」であつて、議会閉会中の活動は議会の議決により付議された特定の事件について、委員会が継続審査する場合(同法第一〇九条五項、一一〇条三項)に限られるのである。

したがつて、右以外の場合には、議員がその「職務」を行うことはありえないのであり、閉会中の議員の一般的視察等は、その「職務」に当たらないことは右規定からも明らかなのである。

(二) 費用弁償の点からも「職務」に含まれない。

地方議会の議員の「職務」に一般的行政視察「議員派遣」が含まれないことは、「費用弁償」の点からも裏付けることができる。

地方自治法第二〇三条三項は、同条一項に規定された者(地方公共団体の議会の議員とその他の職員)は、「職務を行うため要する費用の弁償を受けることができる」と定め、同条五項は「費用弁償……の額並びにその支給方法は、条例でこれを定めなければならない」と定めている。

堺市では、右地方自治法の定めに基づき、報酬条例第五条一項に「別表に掲げる議員等の職務のため旅行するときの費用弁償は、職員供与条例を準用して、同条例表第五中、一等の額とする」と定めている。

このように地方自治法第二〇三条三項、報酬条例第五条一項とも「職務」のための費用弁償のみが認められているのであり、「職務」でなければ「いかなる……給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずに」議員に「支給することができない」(地方自治法第二〇四条の二)のである。

この点における行政実例も次の1、2のとおり確立している。

1 昭和三三年五月七日、自庁発第八一号群馬県議会事務局長宛、行政課長回答

問一 閉会中における費用弁償の支給は固より議会の議決に基づき議会活動の一環として行われる場合であるが、本県の条例第四条には「議員が公務のため出張したとき群馬県職員等の旅費に関する条例の例により別表第二の区分に従い旅費を給す」とあり、第六条には「議員が閉会中議会の委員会に出席した場合において支給する旅費における委員会出席当日の日当は、第四条の規定にかかわらず別表第四の区分による」と規定せられており議会の議決に基づかない閉会中における次のような場合、第四条を拡大解釈して公務のため出費として取扱い、旅費を支給できるか。

また法第二〇三条第三項の「職務を行うため」に該当するかどうか。

1 議会運営委員会(申し合わせによるもの)の招集に応じた場合。

2 各党代表者会議を招集し、議員が出席場合。

3 会員協議を招集し、議員が出席した場合。

二 前項のような費用弁償は法第二〇四条の二に抵触するか。

答一 議会の議決に基づかない閉会中の委員会の招集の場合はいずれも支給できないものと解する。

二 お見込のとおり。

2 昭和二七年四月二四日地自行発第一一一号小樽市議会事務局庁宛、行政課長回答

問 次の場合においては、第二〇三条第二項(現行法では第三項)の規定により費用弁償を支給しなければならないか。

一 議会閉会中の審査の付託がなされていない場合に、常任委員会が委員長の招集により開かれ、それに出席した議員

二 議会開会前予算及び条例の内示等のため、市長からの要請に基づく委員長の招集により開かれ、それに出席した議員

三 議会閉会中市長の要請又は議会の必要に基づき議員協議会(全員)に出席し又は議長が各党代表と協議するため参集を求めたので出席した場合

答 いずれも費用弁償を支給すべきでない。

さらに学説も基本的に、

「費用弁償は「その職務を行うために要する」費用の弁償であるから、議会の議員については、議会開会中又は付議された特定の事件を常任委員会又は特別委員会が議会閉会中に審査する場合においてのみ費用弁償は支給されるべきであつて、議会閉会中の審査の付託がなされていない場合に常任委員会が委員長の招集により開かれた場合、議会開会前予算及び条例の内示等のため長からの要請に基づき委員長の招集により常任委員会に出席した場合、議会閉会中に長の要請又は議会の必要に基づき全員協議会に出席又は議長において各党代表と協議のため参集を求められた出席した場合等においては、いずれも法に基づく正当な職務の執行とはいえないから費用弁償を支給すべきではないとされている(行実昭二七、四、二四、昭三三、五―、七)。議員の視察、陳情等のため要する旅費、日当等は、厳密に解すれば議会開会中又は閉会中委員会に付議された特定の事件に関するものでない限りその職務を行うに要する費用とはいえない。」

(長野士郎「逐条地方自治法」六二〇頁)

としており、また、

「議員の費用弁償の支給根拠は条例の定めるところによるのであるがこの場合拡大解釈やルーズな支給は慎むべきである。執行機関のように、権限が明確にされているところは問題はないが、議会のように、同じ資格者が同一条件のもとに行動するところでは、公正な判断を欠いた場合違法な支出ともなりかねない。違法な支給を行つた議員は、その地方公共団体に不当な損害を与えたものとして、損害賠償の責任も起ころう。」(中島正郎著、新訂詳解議員提要四五一頁、甲第一三号証)

として、「職務」の範囲について厳格に解すべきであるとしており、行政視察についても、

「これらの旅費、日当等は厳密に解するならば、議会の閉会中の委員会に付議された特定事件(請願を含め)に関する条例、意見書、決議の立案、並びに修正案、請願、陳情並びに所轄事務の調査等の資料をうるためのものでない限り職務を行うに要する費用弁償には入らない。」(中島正郎著、新訂詳解議員提要四五一頁)。

と明解にのべているのである。

以上のように、議員の一般的行政視察が議員の「職務」には当たらず、「費用弁償」をうけられないことは、地方自治法の各規定上も、学説上、行政実例上も明らかなのである。

(三) まとめ

しかるに原判決は、議員の一般的行政視察が議員の「職務」に当たることを前提に前述の判示をしているのであつて、これが地方自治法その他法令の解釈を誤るものであることは明らかである。

三 地方議会の自治・自律権は議員派遣の根拠にならない

原判決は、前記のとおり「地方議会の自治・自律の権能」(自律権)を根拠に、行政視察のための議員派遣を適法とした。しかし、次に述べるとおり地方議会の自律権は、議員派遣とは全く関係がなく、到底その根拠とはなりえないものである。

(一) 法令の根拠規定なしに「自律権」は認められない。

地方議会の権限については、学説上次のとおりのべられている。

例えば、代表的な学説である大出峻郎の「地方議会」(現代地方自治全集3)は、

「議会の権限は、地方自治法に制限的に列挙されているから、議会の権限はそれ以外に及ばないのを原則とする。」(一三〇頁)

とのべ、また、行政実例においても、

「議会と執行機関が、ともに住民の直接公選制をとるいわゆる首長主義(大統領制)の制度のもとにおいては、議会・執行の両機関は、それぞれ住民の意思に基づき、対等の立場に立つものであるから、両者の権限は明確に区分され、議会の権限は、法律又はこれに基づく政令により議会の権限とされたものに限るという制限列挙主義がとられている。したがつて、議会は、地方公共団体の意思決定機関ではあるが、およそ地方公共団体の団体意思の決定は、すべてが議会の権限ではなく、法律又はこれに基づく政令で明確に議会の権限とされたもの以外は、長その他の執行機関が自ら団体意思の決定を行うものである(注釈地方自治関係実例集二〇九頁、同旨昭和二六、一二、二五、地方自行発第四四一号、愛知県総務部長宛、行政課長回答)

としている。

このように、地方議会の権限は、法令上の根拠規定があつてはじめて認められるのであり、法令上の規定なしにはいかなる権限も認められないのである。

このことは、いわゆる「議会の自律権」なるものについても同様である。地方自治法により地方議会にも様々な権限が認められているが、これらの権限を分類し、これらの権限のうち議会の組織活動その他議会の内部事項に関する権限を総称して「自律権」と称しているのであり、これらの規定を離れて独立に「自律権」なるものが存在する訳では決してないのである。

この点については、前述の大出峻郎「地方議会」も次のように明解に解いているところである。

「議会の自律権とは、議会が自らその組織及び運営について、規律し得る権限をいうが、右の制限列挙主義からして、「議会の自律権」といつても、当然に法令に規定する範囲内のものでなければならないことはいうまでもない。」(一八〇頁)

ところが、原判決は、あたかも何ら法令の根拠なしに地方議会の「自律権」なるものが認められるとの前提に立つて、これを根拠に議員派遣を適法とするのであるが、これは、理由不備ないし理由齟齬の違法を犯すものであり、またはその前提において法令解釈の誤りを犯すものに他ならないのである。

(二) 「自律権」は議会の内部事項についての権限であつて、議員派遣の根拠にはなりえない。

1 議院の自律権

地方議会における自律権を検討する前提として、まず国会の議院の自律権について以下詳述する。

国会の自律権、議院の自律権とは、議院の組織活動その他議院の内部事項について、原則として他の国家機関の介入をうけることなく、自主的に定めることのできる権能をさし(池田政章ジュリスト三〇〇号三八頁)、「議会がその内部事項について有する自律的権限である。」(菅間英男調査官、昭和四二年度判例解説刑事編一〇六頁)。

この議院の自律権は、イギリスにおいて発展し実体法上、また慣習法上の権利として確立されたもので、それが世界の各国の憲法、議会法に採用されたものである。

そもそも自律権は、「議院の組織運営をめぐる自律性の保障」と、議院を構成する議員の国会内における自由な活動を保障し議院の機能の自主性を確保する「議員活動の保障」とに分けられる。

我国における「議院の組織、運営の自律性の保障」として、議員資格争訟決定権(憲法第五五条)、議院規則制定権、議員の懲罰権(同第五八条二項)等が定められ、また「議員活動の保障」としては、議員の不逮捕特権(同第五〇条)、議員の免責特権(同第五一条)が定められている。

このように議院の自律権は、あくまでも議院の内部事項についての権能であつて、対外的な事項についての権能でないことは明らかである。

このことは議院の対外的な権能である国政調査権(憲法六二条)が、議院の立法その他憲法上の諸権限を実効的に行使するための補助的権限と解され(通説)、議院の自治・自律権から直接発生するものとは解されていないことからも明らかである。

2 地方議会における自律権

ところで、自治・自律の権能は、地方自治法の規定により地方議会に与えられているが、議院と地方議会との自律権には極めて大きな差があり、地方議会の自律権は以下のべるように国会の各議院の自律権に比較して幅のせまいものである。

地方自治法は、議会に対し、地方議会で行う選挙の議会による決定権(地方自治法第一一八条一項)、議員の資格決定権(同第一二七条)、会議規則制定権(同第一二〇条)、議員の懲罰権(同一三五条)等を「組織運営をめぐる自律権」として保障している。

しかし選挙や資格決定については自治大臣、都道府県知事への審査請求や裁判提起を認め(同第一一八条五項、同第一二七条四項)会議規則についても、地方自治法は地方議会の議事手続について詳細な規定を定めているため(同第一一二条乃至第一二三条)会議規則自体その制定範囲は限られ、議員の懲罰権は、除名について裁判所の司法審査が認められている(最判大法廷昭和三五年一〇月一九日民集一四巻一二号)ためこれまた限界がある。

さらに重要なことは地方自治法第一七六条四項では「地方公共団体の議会の議決又は選挙がその権限を超え又は法令若しくは会議規則に違反すると認めるときは、当該地方公共団体の長は、理由を示してこれを再議に付し又は選挙を行わせなければならない」とし、議会ではなく、地方公共団体の長に議決、選挙が会議規則に違反するかどうかの審査権まで与えていることである。

「議員活動の保障」に関する権限についても、国会議員には不逮捕特権、免責特権が憲法上も認められているが、地方議会の議員には認められていないことは、地方自治法上明らかである。

このように地方議会の自律権は、極めて限定されており、国会の両議院のそれに比して幅のせまいものであつて、むしろ「本質的に相違している」といつて過言ではないのである(黒田寛、「裁判権と国会、地方議会の自律権」東京都立大学法学雑誌一巻二号八頁、二五頁)。

「国会の各議院に認められた自治・自律の原則が、そのまま地方議会にも妥当する場合がある」とした原判決はこの点でも基本的に誤つているといわなければならない。

3 地方議会の議員派遣は許されない。

原判決は、「地方議会も議案等の審議、審査若しくは団体の事務に関する調査(自治法第一〇〇条参照)をする場合、その他地方議会が必要とする場合には、議会の自治・自律権能に基づき議員の派遣ができることは、国会の両議院の場合と実質的に異ならない」とする。

しかしながら、国会の両議院が議員を派遣できるのは、前記のとおり議院の自律権とは全く関係のないことである。

議員派遣は、憲法上の国政調査権の一態様として国会法第一〇三条において定められ、認められたものである(清宮憲法Ⅰ二八六頁)。そのため、議員派遣は国会法においては、議員が国民及び官庁との対外的関係について認められた制度として位置づけられている。このことは同法第一二章が「議院と国民及び官庁との関係」として、一〇三条の議員派遣規定の一〇四条の官庁等への報告・記録提出要求の規定を対置させた構成からも、議員派遣が議院を代表する対外活動であることは明らかである。

また国会の両議院においても議員の派遣が、国会法などの法的規定を何ら媒介せず、議院自体の権能(例えば自律権や国政調査権など)から当然に認められるというものでは全くないのである。

ましてや原判決も認めるように、

「自治法九六条は、地方議会の本会議において議決を要する事項を同条一項に列挙する事項及び特に条例に定める事項(同条二項)に限定しているところ議員の派遣は同条一項に列挙している事項には含まれていないことが明らかであるし、弁論の全趣旨によると、堺市の条例でもこれについて何らの定めもしていないことが認められる。」

にも拘らず、内部事項についての権能にすぎない議会の自律権を根拠として、法令に定めのない議員派遣を認めることができるはずはないのである。原判決の論理によれば、「各議院に認められた自治・自律の原則が、そのまま地方議会にも妥当する」というより、各議院に認められた以上の「自律権」が地方議会に認められることを意味するのであり、地方議会はその自律権のみを根拠として何らの法的根拠なしに議員の不逮捕特権や免責特権までも認めることができることにさえなつてしまうのである。原判決の右判示は、地方議会の自主・自律のあり方が国会の議院に比して質的に制限されたものとして定めている憲法、地方自治法の趣旨に反するものといわなければならない。

4 まとめ

右のとおり、自律権を根拠に議員派遣を適法とする原判決は、理由不備ないし理由齟齬の違法を犯すものであり、また、地方自治法等の法令解釈を誤るものである。

四 住民の監督権は議員派遣の根拠にならない。

原判決は、国会の各議員の場合と異なり、地方議会の場合は、住民に直接請求の制度によつて議会活動や運営に対し直接的にこれを監督是正できる権限が与えられていることを、議員派遣を認める第二の根拠として挙げている。

しかし、原判決の右判示は明らかに失当である。

(一) 住民の監督権と議員派遣とは関連がない。

まず第一に、住民に原判決の判示するような監督権が認められているとしても、そのことを根拠として法令の根拠のない議員派遣が認められるものでないことはいうまでもない。監督権があることと、議員派遣が認められるか否かということは、論理上関係がないものであることは詳述するまでもない。

住民の監督権を定めた地方自治法の諸規定を根拠に、明文の規定がなくても議員派遣が認められるとする原判決は、理由にならない理由を付している点で理由不備ないし理由齟齬の違法があり、または法令の解釈を誤るものである。

(二) 判決理由には矛盾がある。

仮に原判決のいうように、住民の直接請求の制度を根拠に、自治・自律の権能を広く認め、それを根拠に議員派遣ができるとするとしても、それは、住民の直接請求が充分に機能しうるような場、即ち、議員派遣手続がすべて住民の目の前にさらされていることが前提として必要であるはずである(ちなみに地方自治法一一五条は公開の原則を定めている)。

ところが、他方原判決は、議員派遣手続は、議会運営委員会や議員総会を経由しさえすれば手続に違法がないとするのである。しかし、議会運営委員会や議員総会なるものは、後に上告理由第二点で詳述するように、法令で認められた議会の正式機関でないものであるばかりか、その会議は公開されず、議事録も作成されないものであり、住民の監視の目が全く届かないものなのである(ちなみに、本件では本会議が開かれている日にわざわざ議会運営委員会で協議していることからすれば、故意に住民の監視の目を逃れて「密室」で決めようとしたことは明白である)。

これを要するに、原判決は、住民の監視の目が届かない手続を前提としながら監督権を理由に議員派遣を適法とするものであつて、この点においても理由齟齬ないし理由不備の違法があるのである。

第二点〜第五点<省略>

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